歩行解析の最前線へ ― センサーデバイス開発に挑む技術者たち
歩行状態を可視化する、歩行センシングインソール「腰楽さん」。開発の舞台裏には、最先端のハードウェアと緻密なアルゴリズム開発がありました。この開発に携わった技術者のお2人にお話を伺いました。【インタビュアー:増田 進吾(アトラグループ株式会社)】
Interviewee(取材相手)
尾崎 和也(おざき かずや)氏
医療ソリューション統括部 ライフスタイルサポートグループ
黄 晨暉(こう しんき)氏
バイオメトリクス研究所 デジタルヘルスケア研究グループ
歩行データを日常生活の中で取得するために
増田:まずは、歩行状態を知るためのデバイスの開発についてお聞かせください。
腰楽さん・歩行センシングインソールは、精度を担保しつつ、日常生活で違和感なく使えるサイズになっています。こちらの開発を担当されたのが、尾崎さん。
尾崎氏(以下、敬称略):はい、そうです。
増田:そのセンサーから得られる速度や角度の変化をもとに、歩行状態を推定するアルゴリズムや解析手法の開発を担当されたのが黄さん、ということでよろしいでしょうか?
黄:はい、私が担当しました。
これまでの技術が、今のセンサーに活きる

増田:尾崎さんは「PCエンジン」や超薄型スマートフォンの開発に携わってこられたと伺いました。
NEC製の折りたたみ携帯電話や、スマートフォン「MEDIAS(メディアス)」など、当時は非常に話題になりましたね。
ちなみに私が初めて買ったスマートフォンはNEC社製のMEDIASです。
尾崎:ありがとうございます。入社してからすぐに「PCエンジン」の開発部署へ所属し、回路設計をはじめとするハードウェアの泥臭い部分を担当していました。
そこから折りたたみ携帯電話の部門に移った際は、薄型・小型化を実現するための技術開発に携わっていました。
当時は「世界最薄」という称号にとにかくこだわっていて、筐体の厚さをコンマ数ミリ単位で削るような挑戦を繰り返していましたね。
増田:たしかに、あの時代にあれだけ薄い端末は画期的でした。私がMEDIASを購入しようとした決め手というのもまさに薄さです。画面の大きさと性能を合わせ持った上で薄く機能的でした。
尾崎:そうですね。一番苦労したのは、薄さを保ちつつ、強度を確保することでした。落下時の衝撃に耐えるためには、素材の選定や内部構造の工夫が欠かせませんでした。
「壊れない、割れない、でも薄い」という相反する要素を両立させるのが大変でした。
増田:その経験や技術が、腰楽さんのセンサーに活かされているというのは非常に感慨深いです。インソールは人が日常的に使うものなので、大きすぎても厚すぎてもいけません。
必要最低限の機能を小型化し、かつ高精度で、という要件は、まさに携帯電話やスマートフォン開発に通じるものがありますね。
尾崎:そう思っています。これまでに培った薄型化の技術が、こうして今のプロジェクトに役に立っているのは嬉しいことです。

医学と工学の融合が導くヘルスケア技術の未来

増田:続いて、黄さんにお伺いします。黄さんは医学と工学の両方を学ばれて、このプロジェクトに貢献されたとのことですが。
黄氏(以下、敬称略):はい。医学的な知見と、工学的なスキルを融合して活かすことができた点が、今回のプロジェクトの魅力でした。
人間の健康やウェルビーイングを技術で支えるという目的において、自分の専門性がしっかり活かせたと思っています。
増田:技術開発の目的が、単に「作る」ことではなく、「人の役に立つこと」である点が、私たちの鍼灸院・接骨院業界の取り組みと非常に近いと感じました。
黄:おっしゃる通りです。どれだけ高度なツールであっても、それが人間に還元されなければ意味がありません。
常に「誰かの役に立つ」という視点を持って技術開発に携わってきました。
歩行から「フレイル」を推定する新たな可能性
増田:私たちも歩行分析にセンサーを活用していますが、腰楽さんのデバイスは日常生活の中で歩行データを取得し、速度や角度だけでなく、そこからさまざまな健康状態を推定できる点が革新的だと感じています。
たとえばフレイル(加齢に伴う虚弱)なども推定できるとのことですが、そのあたりのロジックについて教えていただけますか?
黄:フレイルには握力やバランス能力などが関係しています。今回は主にサルコペニア(加齢性筋肉減少症)に基づいて、歩行速度と握力に着目し、推定モデルを構築しました。
一見、関連がないように見える握力と歩行ですが、どちらも筋肉量と密接に関係しています。従来の医療やバイオメカニクスの知見を応用し、歩行データからフレイルレベルを推定するアルゴリズムを作成しました。
増田:その結果として、歩行データからフレイルを高精度で推定できたということですね。
黄:はい。高齢者の方々の協力のもとで実測データを収集し、弊社のセンサーとアルゴリズムを使ったところ、非常に高い精度で推定が可能であることが分かりました。この成果は論文としても発表しています。
足底圧中心(CPEI)の推定と性差の考慮

増田:もう一つ気になっているのが、CPEI(足底圧中心)の推定です。歩行時の重心移動を表す指標ですが、これも歩行データから推定できると伺いました。
黄:歩行データをもとに、重心の移動軌跡を数値として推定するモデルを開発しました。
増田:このCPEIの推定にあたって、男女別のモデルが必要だった理由についても教えていただけますか。
黄:もともと海外の研究において、CPEIの分布に男女差があるという知見が得られていました。身体構造や力学的特性が男性と女性では異なるため、別々のモデルで推定するのが合理的だと判断しました。
増田:その推定精度についてはいかがでしたか?
黄:実際に多くの被験者データをもとにモデルを作成し、精度評価では「フェア」または「グッド」のレベルに達しました。こちらも論文として成果を発表しています。
歩行から未来を見通す ― データが描く健康の可能性

増田:歩行データをもとに、現在の身体状態だけでなく、将来的な健康リスクも推定できる可能性があると感じています。
データが蓄積されていけば、「この歩き方の人は将来的に膝痛になりやすい」「外反母趾のリスクがある」といったデータに基づいた推定も可能になりそうですね。
黄:それは十分にあり得る未来です。AIの進化により、予測精度もどんどん向上していきますし、長期的な健康予測も現実になりつつあると思います。
増田:人々の健康に貢献するという想いが、私たちの現場と開発側で一致していることを改めて実感しました。
尾崎さん、黄さん、これからもどうぞよろしくお願いします。
尾崎・黄:ありがとうございました。
【動画】開発の裏側を、動画でもっと詳しくご紹介しています①
最先端の技術がどのように生まれているのか――その現場の空気感を、ぜひ映像でご体感ください。
【動画】開発の裏側を、動画でもっと詳しくご紹介しています②
NECの技術を搭載したセンシングインソールを通じて、身体機能の可視化と予測の最前線に迫ります。

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