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接骨院勤務日報【#21~#24】

院長が〈僕〉との食事に連れてきた葛本さんは、院長の昔の上司(院長)だった。 しかも、その日のうちに〈僕〉が葛本さんの接骨院で半年間勤務することが決定してしまった。

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21話:半年間で学んだこと

葛本さんの経営する接骨院への、半年間のレンタル移籍。




今考えれば、本当にあっという間の半年だった。




葛本さんの院のスタッフさんたちは本当に優しく接してくれたし、葛本さんは僕に経験を積ませようと施術に入る機会をたくさん与えてくれた。


たくさん患者さまから愛のお叱りを受けて、それと同じくらい励ましやお褒めの言葉ももらった。たくさん先輩方にフォローをしてもらい、心技体すべてを鍛えてもらった気がする。




まあ、毎日のように飲みにも誘われたが




葛本さんは、お酒の席に関しては葛本さんなりのポリシーが持っているようだ。

・誘ってもらえるのは最後かもしれないと思って、誘いは絶対に断らない。
・この人と飲んでも成長は無いと思ったら、後2回はチャンスをあげて様子を見る。
・どれだけお酒を飲んでも、帰宅が遅くなっても、翌日の仕事はやりきる。患者さんには絶対に悟らせない。
・後輩や部下を侮辱しない。自慢話もしない。


などなど。
他にもたくさんあったが、多すぎて覚えていない。



数えきれないポリシーを聞かせてもらい、実際この目で見てきた。飲みに連れて行ってくれる時も、決して強制的ではなかったし、必ず終電で帰れと一度は言う。
でも、僕が「残ってもいいですか?」と言えば、そのまま残らせてくれた。


葛本さんは、「たまたま自分は酒が強くて、酒が好きだからこうやって日常を過ごしている。別にこれが正解じゃないよ」と言っていたが、これもある意味、正解ではあると思った。

そして、印象に残っているのは葛本さんのことだけではない。地域の人たちとの関わり合い方も、僕にとっては大きな影響を受けた。




僕が半年間お世話になった接骨院では、患者さまが施術者を育てている面もあったと感じている。「地域密着型」という、地域と一つになり、地域と一緒に成長をする形を、葛本さんの経営する接骨院で見た気がするのだ。


まず、何か困っているお店があれば助けるのが当たり前。荷物運びを手伝ったり並べたり、できる範囲でお手伝いする。僕自身も、ある商店の店主の奥さんが体調を崩したとき、周辺の店舗に声をかけ、2週間のスケジュールを組んで10人ぐらいが代わる代わる配達を手伝った。


そして、町のお祭りが近づいてくれば、「子供たちに楽しんでもらいたい」という誰かの意見にみんなが乗り、周辺の店舗ごとに予算を組んで、地域のみんなで意見を出し合って資金を準備した。


「この町で良い思い出を作ってもらう」というコンセプトのもと、子どもは大切!ということを地域の人たちに叩き込まれた。あの時ほど子どものことを考えたことはなかっただろう。



この半年間で、人と人とのつながりの基礎を地域の人たちに教えてもらった。




だからからこそ、だろうか。



「地域密着型」というコンセプトを掲げている接骨院の中に、「掲げただけ」の接骨院があるように感じてしまうのだ。

どういった接骨院が「地域に根差している接骨院」なのか。答えはいろいろあると思う。それこそ正解なんてないのかもしれないが、今の僕が感じていることは、





地域密着というのは、そんなに甘いものじゃない、ということだ。

22話:本当の「地域密着型」

「地域密着型」と聞くと、その地域に昔からある接骨院や、地域の人々と良好な関係を築いている、というようなイメージがあるが、実際どういった接骨院が「地域密着」と言えるのだろうか?



ずっとその地域で接骨院を運営することも、ある意味「地域密着」だと思う。しかし、それは地域密着の一部ってだけだ。ただ単に、その地域で長期間運営し続けることだけをずっと考えていると、すぐに地域の人々にばれてしまう。彼らの観察眼はそんなに甘くない。


もし本当に接骨院を「地域密着」にするのなら、接骨院を長期間運営すること以外にも焦点を当てていかなくてはいけないと感じるのだ。



例えば、その地域で仕事をさせてもらうことで、地域の人々が今よりも、何かしら「豊かになる」ように努力を続けていくこと。その地域と一緒に院が成長をしていくこと。

これが「地域密着」というものじゃないだろうか。



地域の人々と助け合って、困っているお店の運営を手伝うことも、イベントを地域全体で盛り上げようと協力したことも、それに当てはまると思う。

葛本さんの接骨院のスタッフさんと、その地域の人々とのかかわり方を見ていると、そう感じてしまうのだ。






レンタル移籍の最後の日、葛本さんは地域の人に声をかけて送別会をやってくれた。送別会をしてもらったのはこれが人生初めてで、僕が誰かの送別会をするときのお手本にしている。


初めて施術させてもらった常連のおじいちゃん

挨拶がてらバシバシ叩くテンション高めのお好み焼屋さんの奥さん

施術が満足にできず怒らせてしまった近所の親父さん

町内会の祭りで一緒に踊ったおばあちゃん。



たくさんの人から激励のメッセージをもらった。送別会に飛び込みで参加してくれた人もいた。涙を出す余裕がないぐらい本当に楽しかった。この半年間でお酒にはかなり強くなった(多分)と思うので、今度院長に再チャレンジをするつもりだ。




葛本さんから最後に
「ここで学んだことはどこでも通用するんじゃなく、どこにも通用しないもんだと思えよ」

と言われた。その意味が、今ならわかる気がする。

成功体験を持つことは大切だが、似たような壁なら簡単に登れると勘違いすることが多いのだ。僕も葛本さんの院では、かなりのお調子者で、若手で、元気がある人気者に「してもらっていた」のだ。

決して、自分一人の力で人気者になったわけではなく、ほとんど誰かのサポートがあったからだということを忘れてはいけない。

それを自分の功績だと思い込んで、別の場所でも同じような振舞だけはするな、という葛本さんからの忠告だったんだと思う。





人と人とのつながりの基礎を教えてもらった半年間、



商売をするという事はどういうことなのかを教えてもらった半年間、





木枯らしが吹く中、半年間のレンタル移籍が終わり、僕は本来の職場へ戻った。

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23話:田島さんの友人登場

半年間のレンタル移籍が終わり、明日から元の職場に戻るのか、何か不思議な気分だな…と考えていた、ある日曜日。




田島さんから電話がかかってきた。



明日になれば元の職場に出勤するのだし、必然的に田島さんと会うことになる…ということは田島さんも承知なはずだが、待たずして呼び出しをくらった(田島さんは相変わらずだった…)。




でも、久々すぎて何だか緊張する。




何せ、話すのも会うのも 半年ぶりなのだ。




実は、葛本さんの接骨院に半年間勤務していた時、元の職場のスタッフとは一度も連絡を取らなかった。
院長にも、もちろん田島さんにもだ。

理由はわからないが、「半年間は職場のスタッフと連絡を取らない」と、一応約束していたので、誰とも取れなかったのだ。そんなことを言いながら、田島さんからは連絡が来ると思っていたのだけれど、メールを送ってもメールが届かないという始末。

メールアドレスが変わったのかと思い、後日聞いてみると、僕から連絡が来るだろうと思ってわざわざメール受信と着信を拒否していたのだと、


それはもう満面の笑みで教えてくれた。





田島さんは昨日、僕の送別会があったこと知っていたようで、飲みつぶれていないか心配してかけてくれたらしいが、

田島さん、僕はもうそんなにお酒弱くないんですよ(自称)!


「向こうはどうだった?後でじっくり聞くけど!」と、聞かれたので、簡単にこの半年間のことを掻い摘んで話した。

その中で、「貯金が結構できた」という話をうっかりしてしまい、「じゃあ今日はアンタのおごりね」と言われ、半年ぶりの大きな出費が確定した(葛本さんと食事を共にすることが多く、買い物もあまりしなかったので、お金を使う機会がほとんどなかったのだ)。



なぜ余計な事を言ってしまったのか…。



田島さんとの電話を終え、時間を確認すると約束の時間までは結構余裕があった。

家にいてもやることないし、久々に買い物にでも行こうかな。そう思った僕は家を出て、お店をいろいろ見て回り、気に入った服を何着か購入した。




時間はまだまだがある。どこかのコーヒーショップでも入ろうかとも悩んだが、結局、家に荷物を置きに帰ろうと決めて、 自宅に向かって歩いていたら、



なんと前から、田島さんが歩いてきた。
しかも友達も一緒だ。



田島さんたちも時間をつぶそうと思って買い物に来ていたらしく、僕の「荷物を置きに一度帰ります!」という声などまるで聞こえないというリアクションをしながら、2人して僕を連行していった。



その道中で、田島さんの友達を紹介してもらった。

名前は西田さん。エステティシャンをしてるそうだ。





田島さんのエステティシャンの友達





僕の頭に、入社直後に田島さんから聞いた話が蘇った。



そう、西田さんは





田島さんが今の職場を辞めたとき、「戻った方が良い」と一喝した、あの人だった。

24話:新しい出会いへの期待

当たり前だが、僕は女性の服に関して全く知識がない。




それなのに「これとこれ、どっちがいい?」と女性二人に聞かれても、どう答えたらいいんだ…!?



適当に答えたらバッグで背中を叩かれ、真剣に答えても採用されない地獄の無限ループを経験し(体感的に3時間くらい経過した気がする)、このせいで女性と一緒に買い物に行くのはトラウマだ。今でも恐怖に感じる。


周りに女性やカップルばかりのお店にも連れていかれ、あまりの場違い感に恥ずかしいやら何やらで、ずっと下を向いていた気がする。



ちなみに、この後も荷物持ち&無力なアドバイザーとして買い物に連行されることが何度もあったが、慣れると不思議なもので、だんだん真面な受け答えができるようになってきた(ような気がする)。田島さんも、僕のアドバイスに耳を傾けてくれることもあった(極稀に)。




晩ご飯は西田さんも一緒に行くことになり、西田さんお気に入りの「ディープな街のディープな店」という、意味がよく分からないコンセプトのお店に案内してもらった。

パッと見ただのビル。人通りもすごく少ない通りに面していて、ビル内も薄暗い。いかにも怪しい感じがする。(後で知ったが、そこはいわゆる新宿二丁目っぽいところだったらしい)。


ビル内を進んでいくと、少し賑やか声が聞こえ始めた。ある一室の前で足が止まる。看板はない。扉を開けると、そこは焼き鳥屋さんだった。カウンター席しかない少し狭さを感じる店で、入ったときにはほぼ満席状態だった。

お客さんは皆楽しそうに会話をしながら食事をしていて、店の外の雰囲気とは印象が全く違って驚いたのを覚えている。



鳥を焼いてくれているのはガタイの良い、オネェ言葉を放つ、坊主頭の男性だったので、しばらく頭の中の情報処理が追いつかなかった。初対面とは思えないほど積極的に話しかけてくるし、やたらハイテンションで触られる。


初めは「あ」「え?」しか言えなかったが、慣れてしまえば何とも思わなくない。すんなり店主と会話をすることができた。




葛本さんのところで培った会話力がこんなところで役立つとは。




葛本さんに飲みに連れて行ってもらったとき、本当にいろんな方とお話をさせてもらった。初めは何を喋っていいのか何も分からなかったが、葛本さん曰く、

まずは相手に興味を持って、仮説を立てる。それを確かめるかのように質問などをしていくと喋るのも苦にならず、洞察力も身につくんだとか(そして僕はこの後酔いつぶされた)。




オネェ言葉の店主にも、同僚と来ていたサラリーマンの方にも、お店にいたお客さんと難なく喋る僕を見て、田島さんは感心していた。そして西田さんにも褒めてもらった。


僕も、滅多に行く機会のないお店に連れてきて感謝している。自分からは行くことはないだろう場所、理解でき無さそうな趣味を持つ人など、行ったり話してみたりすれば、新しい発見がたくさんあるのかもしれない、という期待をできるようになった。



1年前の僕だったら、絶対そう思わなかっただろうが。




(注)このコラムは、実話に基づいた作品です。個人情報保護のため、登場する人物・団体名。設定等は一部変更しています。

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