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接骨院勤務日報【#46~#49】

【前回のあらすじ】 〈僕〉と田島さんの会社の教育担当役員へのプレゼンは成功した。院長が事前に話を通してくれていたようで、院長が〈僕〉たちのために、タイミングを見計らい、道を作ってくれたのだと知った。

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【46】努力は必ず力になる

上司は部下を育てる際に、お膳立てをすることが必要になる場合もある。

しかし、準備から実行までのサポートをすることがお膳立ての全てではない。実力をつけさせるためには、部下に努力させることをやめさせてはいけない。

努力をすれば報われる経験も、努力をしても報われない経験も、共にさせなければいけない。

そして、努力が実らなかったとき「何が足りなかったのか」を考えさせ、気づかせることが必要ではないかと思う。時には周りの人間に厳しいことも伝えなければいけない。

このメルマガでは、院長や先輩との思い出や教訓などを記載しているが、当時は自分の受け取り方に問題があったり、伝える方に問題があったりで、上手くいかなかったことも本当に多かった。

当時を思い返しながら「なぜそうなったのか」を考えてみると、当時苦しかったことも嫌だったことも、今の自分を作っているような気がしている。





プレゼンに合格をもらい、仕事終わりに本社で打ち合わせをすることが増えた。

先輩たちは、年下の僕が勉強会を開催することに良い気がしないかもしれないから、グループの副院長たちを味方につけ、「僕自身」ではなく「院全体として、どういう風に取り組んでいるのか」をテーマにしてさまざまな根回しを行っていたのだが・・・


ここで、さらに教育担当役員さんからのお願いが。

なんと、勉強会を僕が担当するようにと言われてしまった。しかも、誰にでも実行できるようにするために、勉強会の資料を作ってほしいと。





柔整師の自分にとっては鍼灸の知識は、はっきり言ってゼロに近い。
というか、ゼロ


しかし、こうなった以上はやるしかない。



ちなみに、田島さんは鍼灸施術が柔整施術にどんなシナジー(相乗効果)を生むのかを、僕の代わりに勉強会で講義をすることになった。

田島さんは柔整師ではないが、柔整の仕事のことはほとんど理解しているので、特に困った様子もなく準備に取り掛かっていた。

僕は僕で、鍼灸の勉強をするために院長や日野さん、田島さん、他院の鍼灸師の副院長に協力してもらい、着々と鍼灸の知識を増やしていった。

そのおかげか、今でも自分が講義や勉強会を開催させてもらった際「鍼灸の学校はどこを出られたんですか?」と聞かれるほどになった。

もちろん、免許は持っていないと伝える。すると必ず「なぜそんなに詳しいの?」という質問が返ってくる。



個人的な話になるが、僕はその質問があまり好きではない。



詳しいということは、絶対に後天的な要素である。後天的ということは、そこに圧倒的な努力があるという場合がほとんどで、理由などない。

つまり、「その知識が必要で、そのために一生懸命勉強したから」以外に、その分野に詳しくなることはないのだ。

「1万時間の法則」という言葉のように、1万時間もの努力をすれば必ずその人の力になると思う。仕事に活かせるかどうかは別の話かもしれないが、僕の場合は活かすことができた。

努力しきれずに辞めたことも、もちろんある。例えば、高校の部活動の大会で、優勝を逃してそのまま引退をしなければいけなかったとき。努力できる期間が限られていると、自分の意志だけで続けることができないものだ。

ただ、100%でやり切った後は必ず得るものがある。そして、それを糧にして次のステージに向けて全力で頑張るのだ。

【47】いざ、勉強会本番

合同の勉強会の開催まで、あと一時間。
自分の胸の高まりは程よいぐらいだ





とは嘘でも言えないぐらいの緊張で、もうすでに胃が痛い。帰りたい。

初回の勉強会には、会社の役員の皆さんが全員見学に来るという。僕からすると願ってもないチャンスだったが、それが仇となった(せめて2回目から来てほしかった・・・)






時間がきた。
もう悩んでいても仕方がない。今日はこの勉強会の趣旨や目的などを中心に話をする日である。


まず初めに、社長に一言挨拶をいただくことになった。忘年会同様に、笑い話も交えたちょうどいい時間の使い方には脱帽する。僕は、今でもこんなにうまくは話せないかもしれない。

社長からバトンをもらって自分が話し出そうとしたが、足の震えが止まらない。そんなに暑くないはずなのに汗が流れているのを感じる。






言葉が出てこない。






社長が作ってくれた雰囲気を、僕は壊してしまったのだ。



人間は本当にメンタルに左右される生き物で、前列に座ってくれている他院のスタッフさんの目つきが、いつもより悪く見えるのだ。なぜそんなに不機嫌なのかと思ってしまうほどだ。


今思えば、自由参加といっても院長や先輩から言われて勉強会に参加してくれていた方もいたのだと思う。乗り気じゃない方も、後輩が会社の勉強会を任されていることに対してあまり良い気がしていない方もいたはずだ。

そして何より、







役員さんが全員来ていたので、全員緊張していたのだろう。
(胃が痛かったのはきっと僕だけじゃなかったはずだ)



僕のなかでは長い長い沈黙であったが、時間でいうと30秒ぐらいだったらしい。


その時、田島さんが僕の背後にスッと近づき、持っていたファイルで背中を思いっきり叩いてくれた。すごい音がした。
その瞬間、院長が思わず笑ってしまい、それにつられて参加者も笑っていた。緊張で張りつめていた空気が緩んだのを感じた。


そのおかげで、少し冷静さを取り戻し、やっと話をすることができたのだが、気づけば最初の予定とは違ったことを話していた。

当初の予定では、この勉強会について話す流れだったのだが、この時間を得るまでに準備してきたこと、協力してくれた方々への感謝、今回参加してくれた皆さんへの敬意を伝えていた。

この勉強自体に意味を感じてほしいのもあったが、会社がくれたチャンスを誰がつかむのか、その準備はできているのか、成長することに積極的であるのかなど、自分でも驚くほど饒舌に熱く話していた。

今後もこういうチャンスを会社が与えたほうが良いと判断してもらえるように、こちらは全力でやります。だから皆さんにも協力してほしい。


そう言って頭を下げた。




いつの間にか、前列の人たちの表情も真剣なまなざしに変わり全員が頷いてくれているように感じた。

【48】柔整師と鍼灸師が目指す目標

予定からずれにずれまくった前振りをしてしまったため、もともと話すはずだった内容をある程度省略しつつ…
 


いよいよ 本題だ。


 
柔整師と鍼灸師は同じ目的を持っている。
それは患者さまを健康に導くことだ。
 
ただし手段が違うことが原因で、価値観が合わない時がある。でも、注目しなければいけないのは価値観ではなく、患者さまのカラダと心であるということ。
 

そもそも価値観が合わないのは、お互いを理解しあう努力が足りていないのが原因だ。
柔道整復師、鍼灸師は、それぞれどういう勉強をして資格を取得するのか。
お互い普段は何を考えて仕事をしているのか。
 

そういった理解を深めあう努力をしなければいけないのではないか。
 
そのために、この勉強会では、柔整師や鍼灸師が現場でどうリンクすればいいのか、僕たちはどうすれば活躍できるのか?どうすれば給与があがるのか?などを、役員監修のもと開催するしようと企画した。


そして、もう一度協力してほしい旨を伝え、頭を下げて僕のパートが終了した。
 


頭を下げた僕に想像以上の拍手が起こり、僕はほっと胸をなでおろした。
 



本来ならこのまま田島さんのパートに移るはずだったが、田島さんが「休憩を取ります」と皆に伝えて、僕をスタッフルームに連れて行った。予定にない話ばかりをしたので怒られるのかなと思っていたら、逆だった。
 
「あんなに真剣な目をして人の話を聞いている同僚を久しぶりに見た!」と。
 



休憩後、田島さんはさすがというか圧巻の落ち着きようだった。
僕がものすごい緊張していたせいで、ハラハラして私の緊張なんか吹き飛んだわ!と後から言われた。
 

要点をうまくまとめ、時に感情的に訴える田島さんの話し方に僕も聞き入ってしまった。それと同時に、一回の勉強会にどこまでの準備と努力が必要なのかと少しゾッとした記憶もある。
 
しかも、これが一年間毎月続くんだと思うと、ゾッとしたどころか恐怖を覚えた
 




第一回目の勉強会は大成功だったと言えるだろう。勉強会終了後、田島さんと二人で打ち上げをする予定だったが、院長がお願いしてくれたのだろう、社長が僕たちをご飯に連れて行ってくれたのだ。
 

僕の緊張、再び。
今まで食べたことのないようなお肉を食べさせてもらったが、味がわからない。それくらい緊張していた。
 

食事中に、社長からこの一年間でスタッフにはこういう風に成長してもらいたい、という想いを聞かせてもらった。僕にとって、さらに明確な将来のビジョンが見えたような気がした。
 

社長からの「将来はどういう風に考えているの?」という質問に、僕は思っていることをぶつけてみた


目指している将来像。
2年後の目標。
今の自分には何もかも力不足なこと。
 

社長はただ静かに、ずっと聞いてくれた。時々にこやかに笑ってくれたりして「努力をし続けるのであれば応援する」と約束してもらった。
 
続いて、田島さんも社長に聞かれた。田島さんは僕の話よりもさらに具体的に、この一年の動き方を伝えていた。社長も聞くだけではなく質問を田島さんに投げかけ、それに田島さんは迷いなく答えていた。さすがだなと思った。
 
話の流れで、田島さんが社長の昔話をリクエストしたので少し話してもらった。
 


幼少期のころからボクシングをしていたこと。ボクシングでアジアチャンピオンになったこと。ケガで苦しんだこと。引退を決めた試合のこと。柔整の専門学校に中々入れなかったこと。開業してもハプニングだらけだったこと。
 


全部笑顔で語ってくれた。
 
最近のことはまた今度、といわれたので、なるべく早く連れて行ってもらえるように活躍してみせます、と強気に言って解散となった。
 
次の日は日曜日というのもあり、田島さんのことだから二次会に連れていかれるか?と思っていたが、珍しく今日は帰ろうということになった。
 
次の日、田島さんから電話があったのだが、僕は電話をとれなかった。折り返してみたが繋がらなかった。
 









それ以来、田島さんとは数年間会うことはなかった。

【49】いなくなった田島さん

あの日、田島さんからの電話に出られなかったことを、今でも後悔している。






月曜の朝、いつも通り出勤するとすでに院長が来ていた。最近は、僕が一番乗りで院に来ることが多くて、院長が僕よりも早く来るときは、必ずと言っていいほど事前連絡があったのに。何かあったんだろうか。

院長の顔は、まるで泣いたかのように目が腫れていた。
院長は僕の顔を見るなり「準備は全部先にしておいたから、喫茶店に行こう」と言われた。



何かあったのかな?なんて軽い思いで院長について行った。



喫茶店の中は出勤前の会社員の人や、モーニングを食べに来ている人でそれなりに混んでいた。空いていた席に案内され、コーヒーを注文してすぐ、院長は








「田島さんが退職した」と言った。






悪い冗談だ。院長がこんな冗談を言うなんて珍しいな。
僕は「冗談言わないでください」と返した。



でも、院長から言われたのは、



「冗談じゃないよ。


今後は田島さんとは連絡を取らないこと。
勉強会は当面の間一人で開催すること。
他の院のスタッフに田島さんのことを聞かれても、詳細は分からないということ。


この3つを守ってほしい。」









その時、僕はどんな表情をしていたのだろう。
「理由、聞きたい?」と院長に言われた。すぐに答えられなかった。




聞いていいのだろうか。でも、聞いてしまえばこれから先、ずっと秘密を抱えることになる。だって誰にも言ってはいけないから。
 
院長は、僕の返事を急かすことなく待ってくれている。

相変わらず周りはそれなりに騒がしい。食事を運ぶ音、人の話し声、店員さんの挨拶。何もかも普段通りのはずなのに、僕の周りだけ時間が遅くなったような感覚。
どうすればいいんだろう。僕は…




「聞かせてほしいです」

少し声が震えた。たった一言の言葉を出すのに身体中のエネルギーを使ったような気がする。頭は働いていなかった。思考が止まったまま、言葉を発していた。

院長は頷きながら軽く笑って「何か食べてからにしよう」と言って、メニュー表を開いた。


食事中は2人とも話さなかった。こんなに静かな食事は初めてだった。
パンが喉を通りにくい、院長の腫れた目を見ていると、何となくだんだん聞くのが怖くなってきた。



でも聞きたい、聞かなきゃ後悔するんじゃないか。



食べ終わって一息ついた後、院長は話しをするために口を開いた。





(注)このコラムは、実話に基づいた作品です。個人情報保護のため、登場する人物・団体名、設定等は一部変更しています。

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