1. HOME
  2. 記事
  3. 接骨院勤務日報
  4. 接骨院勤務日報【#25~#28】

接骨院勤務日報【#25~#28】

田島さんと、その友人の西田さんと食事に行くことになった〈僕〉。初めていく雰囲気のお店でも、気軽に店主や他の客と話す〈僕〉をみて、2人とも驚いていた。葛本さんの院で働いていた半年間で、〈僕〉は結構成長できたんじゃないだろうか。

この記事が役に立ったらシェア!

【25】冒険する人しない人

ある程度の年齢になると冒険心が極端に減る、いや、なくなる人間が多くなると思う。
でも、いつまでも冒険心が消えない人は、そのまま消えずに残り続ける。


僕は、どうやら冒険心が消えない方だったようだ。気づいたきっかけは、葛本さんの院へのレンタル移籍だろう。


「別に冒険しなくても良い」と思う方もいるだろうが、それは度重なるチャレンジをした後に言うべきだ。そうでなければ、冒険したほうが良いのか、しなくて良いのか判断できるはずがないのだから。

お金や時間はかけなくても、やってみたかったこと、やりたくなかったことにチャレンジしてみることは、すごく大事だと思う。



僕の、この一年の最大のチャレンジは【知らない国に一人で行くこと】。

業務とは何の関係もない、僕個人のチャレンジだ。
簡単に言えば、ひとり海外旅行なわけで、そんなに難しくないチャレンジだと思われるかもしれないが、このチャレンジに僕はルールを設けていた。


それは、【ガイドブック無し】【事前の予習なし】【携帯電話も持たない】【睡眠を取る時以外はホテルに帰らない】というルールだ。


これで一気にハードルが上がる!ガイドブックも携帯電話もないのは本当にキツイ。料理のおいしい店や行きたい場所は、現地の人に聞くしかなくなるのだが、国によっては英語が伝わらない(そもそも英語も話せないけど)。


笑顔で話しかけたり困った顔をしたりすることで、「助けてあげよう!」相手に一瞬で思わせる表情を作ることが重要だ。それができれば、どこでも生活できるのかもしれない。あくまで個人の意見だが。
(ちなみに、皆さんはこの1年で何か冒険しましたか?)




と、考えているうちに料理も食べ終わった。店長に別れを惜しまれながら焼き鳥屋さんを出て、ゆっくり話せるところに行こうということで、隣のビルにあるバーに行った。

ここはディープな街らしいので、当然そのバーも、まあ…そういう感じのお店ではあったが(何でこういうお店を知ってるんだろう…)、先ほどの焼き鳥屋さんとは違い、広くてゆったりとした空間のお店だった。

席に案内されたとたん、女性二人の仕事話が始まった。ふいに僕にも質問が飛んできて、聞いてなかったのがバレると脛にキックが入る


痛みに悶絶しながらも、次のキックを回避するため2人の話に耳を傾ける。



会社は何て? 今後はどうするの? 独立するってこと?


ん?まさかこの話題って・・・



まさかと思いながら詳しく話を聞いていると、西田さんは今の会社を辞めるつもりなのだとカミングアウトした。

実はもう、今の会社を辞めることは確定しているとのこと。社長や先輩とも十分に話を重ねたようだが、決心は揺るがなかったそうだ。

田島さんは会社側の意見に賛同だった、僕もそうだった。
でも、西田さんは辞める決心を固めた以上、絶対に引き下がらなかった。



でも今思えば、これが独立する人としない人、リーダーに向いている人と向いていない人の違いなのかなと感じた。

結局その後、西田さんは予定通り会社を退職し、独立した。今では法人も設立して立派に社長業を務めていて、今でもたまに飲みに誘ってくれる。

西田さんは、「自分自身が今の立場になって初めて、あの時の会社の気持ちもわかるようになった。けど、独立した自分も間違いじゃなかったと思っている」と言っていた。

だから、部下が辞めるときや独立するときには文句を言わないと決めたらしい(でも、本当は言いたくなることもあるんだとか)。



そういえば、僕の会社にも辞めずにずっと幹部を担っている方々がいる。その方たちは何を目標に働いているのだろう。
僕はやっぱり、いつかは独立したいと思っている。だけど、今はこの会社が好きだ。

もし、僕が今の会社を辞めることになったら、会社と揉めたりするんだろうか。今の会社を嫌いにならないといけないのか。



…辞めるにしても辞めないにしても、結局は何をしても大変そう。



前の職場の人たち、次の職場の人たちと変わらず良い関係を続けられることも、逆にずっと同じ会社に所属して、さまざまな困難を仲間と乗り越え続けながら良い人間関係を保つことも、どっちもすごいと思う。

恋愛でも、喧嘩別れをすることもあれば別れてからもいい状態を保つことがある。それと根本は同じなのだろうか。




今度、会社の幹部の方に話を聞いてみよう。
ちょっと勇気はいるが、親睦を深めるつもりで、ご飯に連れて行ってほしいと言ってみるのも良いかもしれない。

【26】涙を流すほどの本気を

長いようで、あっという間に過ぎてしまった1年。新しい年を迎えるまであと僅か数週間だ。



年末には、年に一度行われる会社の全体会議が開催される。
入社したのが昨日のことのように感じるが、この1年間、院長や葛本さんのおかげで充実していた(いろんな意味で)。

会議では、会社の業績報告、各担当からの予実分析や来期の対策などが報告される。話を聞いていると身の引き締まる感じがして、初めての参加ながら感銘を受ける部分が多かった。

数字に基づく具体的な話は、現場で働いている時には気づかない部分を発見させてくれるし、目標達成のため、いつまでに・何を・どこまでやらないといけないのかを明確に示している。


社長もユニークな冗談を交えながら、いつもと違う角度でさまざまな話をしてくれた。
最後には、今年一番会社に貢献した院が表彰される表彰式があって、



なんと、うちの院が最優秀グランプリに輝いたのだ。



売上が判断基準のメインになるものの、他の要素も判断基準に入っており、特に部門別の成長率と新人の稼働率が評価されたらしい。そして予想通り、部門別トップは鍼灸部門だった。


うちの鍼灸部門のエースといえば、田島さんだ。
あの人のことだから、すごいドヤ顔をしているのだろうと思って田島さんの方を向くと、




泣いていた。




グランプリを取るのは凄いことだと思う。でも、仕事で成果を上げて、それで嬉し涙が出ることってあるんだなと、その時は不思議に感じていた(「田島さんでも泣くんだな」とも思ったが、これは絶対に悟られてはいけない!!)。


物事に本気で取り組んだとき、身体に何かの反応が出る場合がある。
それは動けなくなるぐらいの疲労感や脱力感だったり、跳びあがるほどの高揚感の場合だってある。当時の僕は、まだそんな感覚を経験したことがなかった。


だから、最初の就職で、嬉し涙・悔し涙を流せる人がいる職場で働けたとは、僕にとって幸運だったのかもしれない。



例えば、就職・転職をする際「自分のやりたいこと>評価を受けていたスキル」という構図になってしまいがちだが、これは間違いだと思う。

この仕事にチャレンジしたい!と思う人は多いが、その仕事が評価されなければ、やる気もなくなり考え方もねじ曲がってしまうことが多いのではないだろうか。

僕の専門学校時代の同期は約半数はこの業界から離れてしまっていている。おそらく、このバランスが崩れたり、最初の職場環境が影響したのではないかと、自分なりに分析している。

僕は、得意な仕事や評価されるスキルを活かした方が活躍できる可能性があると思っている。それで高く評価されれば、それこそ嬉し涙・悔し涙を流すくらい本気で取り組めるようになるんじゃないだろうか。




会議も終わり、院のスタッフ同士で再度喜び合い、他院のスタッフからお祝いの言葉もいただいた。先ほどまでの空気と変わり、少しそわそわしたような、気が抜けたような感じがしている。あちらこちらから賑やかな声が上がり始め全体に広がっていく。

喋りながら、皆でぞろぞろ移動する。行く場所はもう決まっているのだ。

残ったイベントはあと1つ



忘年会だ。

【27】上に立つ者の「孤独」

もうすでに気づいている方もいると思うが、



この会社の人たちは本当によく酒を飲む。



もちろん飲めない人もいたが、飲める人が圧倒的に多かった。

忘年会も例に漏れず、すごい量の酒瓶が空いた。お店のトイレも大混雑したし、酔いつぶれて部屋の隅で寝ている人もいた。友人同士の飲み会の光景とはまた違う…凄く異様な感じだったが、なぜだか楽しかった。


この時ばかりは、普段話すことができない方にも挨拶がてら話しかけることができるので、幹部の方にもたくさん話しかけに行った。ほとんどの方は気前よく「じゃあ今度、食事に連れて行ってやるよ」と約束をしてくれたのだが、全員すごい酔っていたから、正直期待はできないなと思った。




忘年会の翌日、僕はお昼前まで寝てしまっていた。目が覚めた後も、酔いが抜けているようないないような、ふわふわした感じがまだ残っていた。

ぼんやりしながら、携帯を探し出してメールや着信履歴を見て、驚いた。




昨日話した幹部の方々から、食事の日程調整の連絡がたくさん入っていた。



あんなに酔っていたのに、記憶があるのか・・・!?




約束を守ってもらえるという基本的なことが、こんなに人を感動させるものなのかと、その時は本当に驚いた。しかも、忙しい年末にもかかわらず食事に連れて行ってくれるという方がほとんどだった。


これは急いで準備をしなければいけない。こうして僕のために、せっかく時間を割いて連れて行ってくれるというのだから。候補の店のリスト整理から、誰に何を聞くか質問事項の整理も済ませないと。

僕たちの前では、まだ困った顔や怒った姿を見せることがない幹部の方たちが、どんなことで困ったり悩んだりしているのか。全部教えてくれるか分からないが、ぜひ聞いてみたい。




それから5人の幹部の方と食事に行かせていただいた。皆さんたくさん話しをしてくれたし質問にも答えてくれた。聞かせてもらった話をまとめるとするなら、




上の立場になるほど「孤独」だということ。




スケールは違うが、学生時代に部活動で主将をしていたこともあり、なんとなく気持ちが分かるところもあった。

主将というポジションは、どうしても1人しか担えない。

もちろん、副主将や他のチームメイトに支えてもらったが、最終的には主将から情報や方向性を発信し、自分だけではなくチームメイトの行動にも責任をもって、チームを牽引していかなければならない。

自分の判断は他の相手に委ねることができない。責任を取るのは自分自身だ。


だからこそ、真の意味で同等の立場にいる同僚はいないのだ。そういう意味では、時に不安であり、孤独であることも頷ける。そして、その立場になったことがない人間からすると、その孤独を理解することは難しい。


従業員に負担はかかっていないか。
満足したワークライフを送ってもらっているのか。
何か不満や不安に思っていることはないのか。


こんなことを常に考えながら、与えられた目標数字の達成を目指して毎日必死に仕事をする。これがやりがいでもあり、悩みの種でもあるらしい。

時には厳しい意見も伝えなければいけないが、相手によって言い方を変えたり伝える場所を変えたり、それによって相手がどう感じるかを考えて、相手に伝えるようにしているみたいだ。



そんな幹部の方々の悩みと比べると、今の自分たちが悩んでいることはそんなに大きな悩みではないのかもしれないな…。




大晦日には実家に戻り、久々に地元の友達と遊んだ。まだ大学生の友達は「来年から就職だ」と憂鬱な顔も見せるが、すこし嬉しそうだった。



先に社会に出た自分と、地元の友達に違和感を覚えたのはこのあたりからだった。



幹部の方々と話したことが思い出される。
もうすでに、自分と友達との立っている場所は同じではない。



もうすぐ今年が終わる。



来年、僕はどんなふうに変わっていくのだろうか。

【28】院長がやってくる!!(in実家)

新たな年が明ける。




年末はギリギリまで仕事をしていたし、正直もっと休みが欲しいと思ったが、いざ働きだしてしまえば楽しかった。

なぜ仕事が楽しいと思えたか、理由はいくつかあったが、やっぱり仲間といるのが楽しくて好きだからだろう。

それでも、年内最後の仕事を終えて休暇に入れば、とにかく仕事のことは忘れて遊んだ。朝から晩まで遊ぶなんて久々だった。もちろん楽しかったが、どこか物足りない気がする。


矛盾を終始感じたまま遊びまくって、元旦の夕方に一度解散した。さすがに眠気が襲ってきている。家族への新年の挨拶も早々に、シャワーを浴びてソファに座って一息入れたところで意識が途切れた。





「電話が鳴っているよ」と母親が起こしてくれたのは、僕が寝てから30分後ぐらいだった。友人からだろうか、と思って、だらだらと携帯をとり、発信相手を見ると院長からだった。

一瞬で目が覚めた。慌てて電話に出た。



院長と新年の挨拶をした後、不意に「実家にいるの?」と聞かれた。「はい。います。」と答えたら「じゃあ挨拶にでも行くわ」と言われた。




挨拶にでも行くわ…?




…え、院長来るの?




僕は全然知らなかったが、なんと院長はお隣の市の出身だった。
地元繋がりの知人に後々聞くと、院長は昔かなりのヤンチャであったと。院長の生まれ育った実家は、僕の家から車で30分ぐらいの距離だった。



世間って狭い・・・。



院長が来ることを母親に伝えると、慌てた様子もなくテキパキと準備をして、院長を出迎えてくれた。院長は玄関で挨拶だけ済ますつもりだったようだが、母に家に引きずりこまれ、元旦から院長と飲むことになった。


青い顔をしている自分に気づいたのか、それとも家族に遠慮したのか、あまり酒は勧められなかった。自分の両親は院長の人柄を知って、「少し変わっているけど、院長についていけばいいんじゃない?」と言っていた。



院長は昨日からご実家に帰ってきていたようで、久しぶりにお父さんとゆっくり話をされたみたいだ。今日は朝早く起きて、自分の一年の計画を立てて、完成後にお父さんに相談にのってもらったのだと。

院長のお父さんも、業種は違うがご自身で会社の経営をされているらしい。小さい頃はあまり遊んでもらえなかったみたいだが、仕事においてはすごく尊敬していると院長が言っていた。


そんなお父さんが昔から続けているのが、「一年の計は元旦にあり」ということわざの通り、元旦は出かけず、ずっと部屋にこもって仕事をすること。




その習慣は今、僕に引き継がれている。



(注)このコラムは、実話に基づいた作品です。個人情報保護のため、登場する人物・団体名、設定等は一部変更しています。

接骨院開業の流れ

アクセスランキング

  1. 1
  2. 2
  3. 3
  4. 4
  5. 5

関連記事

開催中のセミナー

インターネットの未来を予測 Googleの動向
無料DLインターネットの未来を予測 Googleの動向

接骨院業界でもSEO、MEO対策を行うことが...

記事カテゴリ一覧